投稿

しびれと漢方薬

   私たちは体表やその付近にある感覚を感じる受容器で温冷、触覚、痛覚を感じています。しびれは感覚の障害ですが、感覚の低下というよりもジンジンするピリピリするなどの異常感覚を扱うことが多いです。患者さんによっては運動麻痺をしびれという場合があります。 感覚の伝達経路(感覚の受容器から末梢神経、脊髄、大脳に至る伝導路)のどこかに障害が起きると出現します。脳や脊髄の病気、手足の末梢神経の病気など原因は様々です。 急に出 現した片側の症状、意識障害や麻痺、口周囲と片側の手のしびれなどがあれば、まず血管疾患でないことを確認します。 動脈閉塞、急性動脈解離、脳梗塞、脳出血 で起きる場合があり、その場合は脳神経外科、血管外科に緊急に受診し緊急手術や血栓溶解療法を行う必要があります。 また 脊髓の出血や膿瘍、ギランバレー症候群、重症筋無力症、皮膚筋炎、多発性硬化症 などの病気も頭におく必要があります。多くの場合しびれの他に麻痺、尿や便の異常、認知障害、運動障害があります。全身疾患(糖尿病、甲状腺機能低下、アルコール多飲、ビタミン欠乏、薬剤性)過換気症候群などでも起こります。西洋医学的診察をまず行って原因を調べ、その治療を行います。 漢方治療は緊急性のある場合以外いずれの場合も適用があり、西洋医学的治療と併用できます。当院での治療で多いのは末梢神経障害で神経の圧迫によるものです。次いで糖尿病などによるものです。痺れの初期に来られることは少なく数週間、場合によっては1年以上の方もおられます。症状が長期になった人は局所の循環障害があり、冷えを取る薬、血液の循環を改善する薬をある程度の期間内服することになります。漢方診察で経脈の異常を診断し、胃脾経脈、膀腎経脈を中心に、お血(血液の鬱滞または涸渇)があれば、胆経・大腸経を調整することになります。 具体的な漢方薬としては冷えをとり循環を改善する薬方として、脾胃経を調える 桂枝加苓朮附湯(ケイシカリョウジュツブトウ)、白朮附子湯(ビャクジュツブシトウ)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)、茯苓四逆湯(ブクリョウシギャクトウ) や膀胱腎経に働く 八味丸(ハチミガン)、牛車腎気丸料(ゴシャジンキガンリョウ) などを処方します。お血がある場合は胆経を調節する 四物湯(シモツトウ)、当帰芍薬散料(トウキシャ

春の花粉症2022

 2月はじめからスギ花粉症が始まったようです。花粉症は日本人の30%くらいが持っていて、スギ花粉症に限ると20%くらいといわれています。スギ花粉に対するアレルギー反応のためくしゃみ、鼻水、鼻づまりの鼻炎症状と目のかゆみ、流涙、眼脂の眼症状がおこります。これらは本来は体からスギ花粉を排出するための体の反応です。気象庁によれば四国は今年は例年より飛散量は少ないようですが天気の良い日、風の強い日は対策が必要です。  花粉症に対してはアレルギー反応を抑える薬が有効で花粉の飛び始める前から内服することがが大切です。内服薬はヒスタミン受容体拮抗藥を中心に使われますが、最近は眠気があまり起こらない種類も出てきています。点眼藥、点鼻薬も有効です。スギの花粉エキスを少量ずつ体に入れる減感作療法、鼻粘膜をレーザーで処理する療法もあります。かかりつけ医、専門医に相談してください。マスクは花粉吸入をを1/3から1/6に、眼鏡をかけると目に入る花粉を40%程度減らすといわれています。つば広の帽子をかぶることも効果的です。また花粉を払ってから家に入りましょう。  漢方薬は病態を寒と熱に分類します。花粉症が起こっているとき局所(鼻、目)の代謝があまり上がっていない状態(寒)、上がっている状態(熱)に分けて考えます。寒には麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、甘草乾姜湯(かんぞうかんきょうとう)、熱には葛根湯加川キュウ辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)小青竜湯(しょうせいりゅうとう)などをつかいます。本年は2月は寒かったため普段の年より麻黄附子細辛湯の処方が多かった印象です。 参考 厚生労働省ホームページhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kafun/index.html

のどの痛みと漢方薬

 朝夕が冷え込むようになってきました。この時期になると、のどの痛みでお困りになるかたも多いと思います。のどの痛みの原因はほとんどが感染症です。そのうちの90%がウイルスによるものでインフルエンザウイルス、新型コロナウイルスを除くと対症療法となります。医療機関に行けない場合でも、様子をみるか総合感冒藥を飲んで数日我慢するとよくなってくることがほとんどです。感染症の残り10%は細菌感染症ですが、細菌のうち A群β溶血連鎖球菌 の感染以外では抗生物質を飲む必要があまりなく、38度を超える発熱、圧痛のある前頚部リンパ節腫脹、扁桃線の腫張や浸出物などが伴わわなければあまり心配しなくてもよいと思います。不安なら医療機関でA群連鎖球菌迅速診断キットなどで調べてもらいましょう。新型コロナウイルスが心配な場合、厚生労働省のホームページに発熱、咳などの症状のある場合の対処方法(※)が出ていますので参考にしてください。  しかしながら咽頭痛にはまれですが、 心筋梗塞 、 大動脈解離 の放散痛の場合がありこの場合は緊急に循環器科にかかる必要があります。痛み以外の、熱や咽頭の発赤などの感染症の諸症があまりないのが特徴です。もう一つ、こもった声・嚥下痛・吸気時の喘鳴などの気道閉塞の症状があれば 重症の咽頭膿瘍、重症の急性喉頭蓋炎 の可能性があり耳鼻科にすぐにかかることが必要です。ほかに咽頭痛を起こすものとして腫瘍や自己免疫疾患があります。経過をみてよくならなければ耳鼻科に受診しましょう。  漢方治療でも急性の咽頭痛は感染症として対応することがほとんどです。胃経(いけい)という消化器に関連する経絡(けいらく)が傷むことが多く、 桔梗湯 (ききょうとう)、 甘草湯 (かんぞうとう)、 桂麻各半湯 (けいまかくはんとう)、などを処方することが多いです。体が弱っていたり冷えが強い場合は 麻黄附子細辛湯 (まおうぶしさいしんとう)を処方します。長く続く場合は 小柴胡湯加桔梗石膏 (しょうさいこうとうかききょうせっこう)を併用処方することもあります。冬は乾燥のため、痛み(のどの違和感)と咳が出やすく、そのような場合は、心包経(しんぽうけい)三焦経(さんしょうけい)にはたらく 麦門冬湯 (ばくもんどうとう)、 滋陰降火湯 (じいんこうかとう)を単独でまたは兼用します。感染症以外の場合は原因疾患に対する漢方薬

浮腫と漢方薬

 本年8月の日本東洋医学会学術総会での発表で、新型コロナウイルス感染症については、急性期に葛根湯エキスと小柴胡湯加桔梗石膏エキスを投与する臨床研究が始まっていること、十味敗毒湯エキスを推奨している先生がおられことが気になりました。インフルエンザでは麻黄湯を代表する発汗剤を用いることが多いですが、新型コロナウイルス感染症には今のところ決まったものはないようです。  台風シーズンとなりました。気圧が低くなると体がむくんでいると感じる方は多いとおもいます。持病が悪化する方おられるようです。気圧が低くなって血管内へ水分が戻る圧が減るのと自律神経のバランスが崩れるからと私は考えています。また、気圧に関係なく浮腫があって治したいと漢方薬を希望する患者さんも多いものです。  浮腫は全身性と局所性に分けられます。全身性浮腫は、心不全、腎不全、肝硬変などの内臓疾患、甲状腺機能低下症などの内分泌の疾患、薬物性などで起こります。血液検査でアルブミン、クレアチニン、肝酵素、ホルモン値を測ると原因がある程度推測できます。局所の浮腫は、閉塞性(深部静脈血栓症、リンパ管浮腫、腫瘍・動脈瘤などによる圧迫、下肢静脈瘤)と、非閉塞性(蜂か織炎など)に分けられます。浮腫の治療は急がず原疾患を治療することが基本になりますが、深部静脈血栓症は肺塞栓をおこすことがあり緊急の治療が必要です。片足の全体やふくらはぎが急に膨れ上がり(多くは赤黒い)、痛みを伴うときは医療機関に受診してください。また突然唇が腫れたり、眼瞼が腫れて病院に駆け込むことがありますが、これは血管性浮腫で、真皮のアレルギー反応により起こります。じんま疹と同じ治療をします。  漢方薬では水毒と考え全身性浮腫局所の浮腫とも 五苓散 (ごれいさん)、 四苓湯 (しれいとう)、 柴苓湯 (さいれいとう)、 防已黄耆湯 (ぼういおうぎとう)などが用いられます。下半身中心の場合は 八味丸 (はちみがん)、 牛車腎気丸 (ごしゃじんきいがん)、 竜胆瀉肝湯 (りゅうたんしゃかんとう)なども用います。これらを用いるときは頻尿、残尿感などの膀胱症状がある場合が多いです。下肢静脈瘤には 桂枝茯苓丸 (けいしぶくりょうがん)などを使います。慢性の浮腫の治療はある程度の時間をかける必要があります。 次回は12月に更新予定です。   参考文献 診断と治療について:問題解

ウイルス感染症の後遺症

 新型コロナウイルス感染症の後遺症が問題になっています。発熱・呼吸困難などの急性期の症状が取れた後で、咳、倦怠感、味覚嗅覚障害などの症状が残り苦しむことをいいます、感染の症状が重症でない方でも後遺症に悩んでいる人がいます。  漢方の病気のとらえ方の一つに傷寒論(しょうかんろん:*1)の6病位の考え方があります。傷寒(しょうかん:熱性の重症伝染病の事、チフスなど)は6の段階(ステージ)で変化してゆくと書かれています。太陽病(たいようびょう)→陽明病(ようめいびょう)→少陽病(しょうようびょう)→太陰病(たいいんびょう)→少陰病(しょういんびょう)→厥陰病(けっちんびょう)(*2)の順です。最初の3段階は発熱・頭痛・便秘などがあるいわゆる急性期、あとの3段階は腹部膨満・腹痛・下痢・倦怠感・冷えなどのある状態で多くの場合は亜急性期、慢性期です。適当な薬、養生を行うと治癒力が病邪に勝り治ってゆくのです。  当院ではまだコロナの後遺症の患者さんは診ていませんが、ウイルス感染の後で、食欲不振、倦怠感が続いたり、咳が残ったりするということで受診されることも多いです。そのような場合は感染症が完全に治っていない場合と、感染の状態はほぼ治ったががアレルギー、胃腸病、心臓疾患などの持病が悪化した場合、体力が完全には回復していない場合に分けられます。  風邪が治っていない場合は病気がどのステージにあるかを診断し、太陽病なら 柴葛解肌湯 (さいかつげきとう)類、陽明病なら 白虎湯 (びゃっことう)、 麻杏甘石湯 (まきょうかんせきとう)、 承気湯 (じょうきとう)類など、少陽病なら 柴胡桂枝湯 (さいこうけしとう)、 柴胡桂枝乾姜湯 (さいこけいしかんきょうとう)、 竹じょ温胆湯 (ちくじょうんたんとう)など、太陰病なら 桂枝加芍薬湯 (けいしかしゃくやくとう)類、少陰病なら 真武湯 (しんぶとう)、 四逆湯 (しぎゃくとう)など、厥陰病なら 補中益気湯 (ほちゅうえっきとう)、 十全大補湯 (じゅうぜんだいほとう)などを処方します。持病が悪化した場合は持病を改善する薬を、体力の回復ができていない場合は太陰病、少陰病、厥陰病期の処方を中心に疲労感を取る薬を処方します。 次回は9月半ばに更新予定です。 備考 *1:3世紀はじめに中国で編纂されたと考えられている医学書 *2:太陽病、少陽病、陽明

嘔吐と漢方薬

5月15日に四国は梅雨入りしました。例年より20日も早く今年は季節が早く動くようです。当院でも4月ごろから、風邪薬として かっ香正気散 (かっこうしょうきさん)を処方することが多くなりました。一か月くらい処方の時期が早いようです。かっ香正気散は平胃散(へいいさん)という胃薬をもとにして作られた処方で、例年梅雨時から夏場にかけてこの処方が多くなります。このように季節が予定より早く来る状況は、体が季節についていけず病気が起こりやすくなります。 また、これから夏場にかけて冷蔵庫のものや、冷房で胃腸を冷やしておなかをこわしてしまうことが多くなります。食事と室温には十分注意してください。おなかの症状として嘔吐をともなうことがありますが、結構つらいものです。 嘔吐は延髄の嘔吐中枢に刺激が伝わりその反応で起こります。刺激のルートは①(副交感神経を通して)胃腸・心臓などから②耳の前庭系から③腦‣髄膜の刺激から④延髄の化学物質の受容体の刺激から の4つです。 嘔吐というと直感的に胃腸の疾患と考えてしまいがちですが。 急性心筋梗塞 などの心臓病、良性発作性頭位めまい症(BPPV)、脳腫瘍・髄膜炎・緑内障など、薬物(アルコールが有名)、糖尿病性ケトアシドーシス、姙娠、 卵巣念転 、 精巣捻転 。などによっても起こり、中には命に係わる病気の可能性があります。胃腸疾患でも 絞扼性イレウス 、 急性虫垂炎 、急性膵炎のようにすぐに手当てが必要な病気もありますので、下痢を伴う典型的な胃腸炎以外は原因疾患を調べるようにしましょう。 嘔吐の治療としては原因疾患を治療することが基本でが、嘔吐が続けば日常生活が営えません。嘔吐を止める治療が合わせ行われます。治療薬としては抗がん剤による嘔吐は別にすると、メトクロプラミド(内服、注射液)、ドンペリドン(内服、座薬)などのドパミン受容体拮抗薬をもちいて消化管の動きを改善します。 漢方薬も嘔吐に処方されています。生姜(しょうきょう)乾姜(かんきょう)が入った処方がもちいられることがほとんどです。生姜は「 嘔家の聖藥 」といわれ半夏とあわせて嘔吐に用いられてきました。胃炎・胃腸炎に 二陳湯 (にちんとう)、 生姜瀉心湯 (しょうきょうしゃしんとう)、姙娠悪阻に 小半夏加茯苓湯 (しょうはんげかぶくりょうとう)、 乾姜人參半夏丸 (かんきょうにんじんはんげがん)な

不眠と漢方薬

 春眠暁を覚えず。春は何となく体が重くつい朝寝をしてしまう方も多いと思います。しかしながら年度替わりの忙しさで体調や生活リズムを崩したりして、よい睡眠を取れない人が多くおられます。  睡眠障害には眠りに入りにくい場合(入眠障害)、途中で起きてしまってそれから眠れない場合(中途覚醒)、朝早く起きてしまう場合(早朝覚醒)、ぐっすり眠った満足感が得られない(熟眠障害)があります。原因としてストレス、高血圧。糖尿病などのからだの病気、うつ病などの心の病気、薬物や刺激物、生活リズムの乱れ,環境があり、それぞれの原因に対する対処が必要です。原因や生活習慣の調整で改善せず、日中のねむけや集中力が起きる場合は薬物を用いることがあります。  西洋薬の場合ベンゾジアゼピン受容体作動薬で催眠を誘ったり、メラトニン受容体作動薬で睡眠リズムを整えたり、オレキシン受容体拮抗薬で覚醒をコントロールしたりします。うつ病や精神疾患の場合は抗うつ剤、抗精神病薬を用います。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は依存を起こさないように短期間の使用にとどめることが大切です  漢方薬の場合、依存性の心配はありません。入眠しにくい場合は興奮をおさえる黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)抑肝散(ヨクカンサン)など、中途覚醒には安心させる目的で柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)など、朝早く起きるときは血のめぐりを調節するために、加味帰脾湯(カミキヒトウ)、帰脾湯(キヒトウ)などを使います。いずれの場合にも睡眠障害が続く場合は酸棗仁湯(サンソウニントウ)を併用します。 次回は6月に更新予定です。 参考資料(厚生労働省 e-ヘルスネット 不眠症 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-001.html)